【物語】1回目 素直

前回のお話

【0回目 師事】

 

本を読む時に、吉田には受け入れる準備が出来ていないと言う佐々木。

 

一体どういうことなのか。

今回は佐々木がそれを説明してくれます。

 

↓  ↓

 

 

 

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佐々木「例えばね、ここに、飲みかけの1杯の水があるよね。これは僕がさっきから飲んでるものなんだけど。」

 

吉田「水?ああ、それね。それで、それが何?」

 

佐々木「この水は、そこに設置されてる、コップ1杯分が自動で出る機械で入れたんだ。しかもすごいのが吉田君、そこの機械はお茶も出るんだよ。」

 

吉田「今度はお茶か。それで?」

 

佐々木「このコップにはまだ半分くらいは水が入っているんだけど、吉田君、申し訳ないんだけど、そのままこのコップを持って行って、そこの機械で1杯お茶を入れてきてくれないかな。」

 

吉田「え?別に良いけど、ならその水飲んじゃってよ。それか、そこの飲み残しに捨ててくるけど良いか?それか新しいコップで持ってくるよ。」

 

佐々木「いや、このコップが良いんだ。ぜひこのコップに、そのまま半分水が入った状態で持って行って、そこのお茶を入れて欲しいんだ。」

 

吉田「いやいや、だから、そのままだとお茶溢れるだろ。何?薄いお茶が良いの?」

 

佐々木「そう、そこなんだよ。吉田君。」

 

吉田「え?薄いお茶が良いってこと?」

 

佐々木「いや、そうじゃなくて。既に水が入っているコップに、また同じだけの量のお茶を入れようとすると、溢れるんだよ。だからまず、吉田君の言う通り、捨てなきゃいけないんだ。」

 

吉田「そんなの当たり前だろ?誰だってわかる。」

 

佐々木「そう、当たり前なんだ。だけど、吉田君はその当たり前を忘れてしまってるんだ。」

 

吉田「いや、オレは捨てようとしたよ。」

 

佐々木「お水はね。だけど、その一流選手の本を読む時、吉田君は自分の考えを捨てようとしなかった。」

 

吉田「あ。」

 

佐々木「それは、自分の経験とか、その人に対するイメージとか、妬みとか、そういうものが相まってなのかもしれないんだけど。だけど、それだとコップの水と一緒で、いくら良いヒントがその本の中にあっても、こぼれちゃうんだ。このコップだと半分こぼれるけど、頭の中を、そういう今までの自分の考えとか偏見でいっぱいにしていたら、半分どころか全部こぼれちゃう。だから、吉田君はヒントを受け取れずに、その本が良いものではなかったと思ってしまったんだよ。だから、本当は何かを教わろうとするときは、頭の中を空っぽにしてからじゃないと、正確な情報は入ってこないんだよ。」

 

吉田「確かにそうかもしれないけど、でも、ちょっとは参考になるとこもあったし。別に、全部を否定してるわけでもないよ。自分に必要なものだけを選択して吸収するのは、スポーツでは大切なんだよ。佐々木には分からないかもしれないけど。」

 

 

佐々木「そうだね。僕にスポーツのことは分からない。だけど、一つ分かることがある。それは、さっき吉田君が自分で言ったこと。」

 

吉田「え?オレが言ったこと?」

 

佐々木「そう、半分水が入っている状態でお茶を入れたら、半分溢れて、半分は入る。けど、薄いお茶になっちゃう。ってことだよ。水が吉田君自身の今までの考え、お茶が一流の人からのヒントだとすると、どうかな?」

 

 

吉田「薄いお茶・・・。ヒントが薄まるってこと?」

 

佐々木「そう、ヒントが薄まるんだ。薄まるっていう事は、もう、それは元のヒントじゃなくなってるんだよ。その中に半分、すでに吉田君自身の考えが入ってしまっている。という事は、必要なヒントか、無視していいヒントか、判断できなくなっちゃうんだよ。さっき吉田君は、必要なものだけ取り入れるのが必要って言ったけど、それを判断する時点で、既に自分の考えが半分入ってしまった、薄まったヒントを見てるんだ。それでこれは良い、これは要らないって判断しても、正確な判断はできないよね?」

 

吉田「あー、そう言われると、うん。納得だ。1本取られた感じだな。オレは自分の考えで、良いのか悪いのか判断してた。」

 

佐々木「判断することは良いんだけど、その前に、対象をありのままで見るという事が必要なんだよ。『この人の技術』の『この人』という言葉を抜いちゃう。そうすると、そこにあるのは単なる『技術』だけになる。そうすると、本当の意味で必要かどうかを見極めることが出来るんだ。本当は全部が必要なことだから、判断する必要はないんだけども。」

 

吉田「全部が必要?どういうこと?だって、全部取り入れたら、大変じゃないか。ごちゃごちゃになっちゃう。混乱するよ。」

 

佐々木「いや、ごめん。それは今話すべきじゃなかった。これは、吉田君がその本をもし、もう一度読み終わったら、いつか詳しく話すよ。」

 

吉田「なんだよ、もったいぶって。でもまぁまたもう一回読むわ」

 

佐々木「ははは。ごめんね。でも、大事なことだからもう一度言うけど、その本を読む時に、頭を空にして、素直な気持ちで生まれたての赤ん坊のような気持ちで読む。そして『この人の技術』『この人の考え』、『自分の技術』『自分の考え』というものから、全部『だれだれの』というのを抜いちゃう。そうすると、そこに『技術』『考え』という対象だけが現れる。全て、それをしっかり見ること。そうすれば、本当に自分に必要なものかどうかの判断が正確にできるよ。」

 

 

吉田「赤ん坊のような気持ち・・・か。」

 

佐々木「うん。例えばさっきのコップ。これは今、僕のコップとも言えるし、ここの食堂のコップともいえるね。」

 

吉田「うん。でもまぁ食堂のコップだよな。」

 

佐々木「でも、見方を変えると、食堂を運営している大学のコップとも言える。」

 

吉田「あ、そうか。それもそうだ。」

 

佐々木「だけど、大学にこのコップを納品した業者さんがいるし、その前にこのコップを作った人もいる。」

 

吉田「いや、コップを大学が買ったんだから、もう大学のコップで良いじゃん。」

 

佐々木「じゃあ、コップを買うためのお金はどこから来たの?」

 

吉田「それは、オレ達みたいな学生の授業料とか、そんなのだろ。」

 

佐々木「じゃあ、その授業をするのは先生だから、結局これは先生のコップとも言える。だけど、そもそも大学を設立するときに出資した人がいるだろうから、その人のコップともいえる。けど、この建物がなきゃそもそも大学は成り立たないから、ここを立てた建築屋さんのコップとも言える。まぁこれは無理やりなこじつけだから、分かりにくいかもしれないけど。つまり、そもそも「だれだれの」っていうのは、僕らが勝手に貼ったレッテルで、本来は誰のものでもないはずなんだ。それが、レッテルを貼った瞬間、そのものの正体が分からなくなる。このコップだって、今はコップかもしれないけど、元々はただのプラスチックだ。そのプラスチックだって、原料まで遡れば、それは地球のものであって、本来は誰のものでもない。」

 

吉田「ん、なんだか難しいな。」

 

佐々木「ごめんね。分かりづらいね。別の方面から話をすると、このコップは、今は水を入れて飲むための容器だけど、もし小さな花を買ってきて、ここにさしたら、このプラスチックの容器はコップじゃなくて花瓶になるんだ。」

 

吉田「あ、なるほど、それなら分かる。」

 

佐々木「つまり、見方によってはいろんな可能性を持ったプラスチックの容器も、「コップ」というレッテルを貼ってしまうと、可能性が狭くなってしまう。これと同じで「技術」に「だれだれの」をつけた瞬間にさっき吉田君が言ったような「あの人だからできる」とか、そういう可能性を狭める考えしか出てこなくなるんだ。それを「技術」そのものを見ると、今やったみたいに、その技術を分析することが出来る。」

 

吉田「分析?」

 

佐々木「そう、分析。コップは誰のもの?どこから来たの?それと同じ。この技術はどこから来たの?もともとこの人は誰から教えてもらったの?何からヒントを得たの?そんな風に、しっかり分析できる。そしたら、その過程で、あ、じゃあこれを完璧にはできないけど、この人がこういう考えでやっているこの部分は自分にもできるかもって、こういう風になるはずなんだよ。」

 

吉田「その技術はもともと誰のもの?か。それは考えたことがなかった。」

 

佐々木「別に、それがすべてじゃないんだけど、ごめんね話が脱線して。でも、そういう気持ちで読んだら、同じ本でもまた全然違う感じ方が出来ると思うんだ。だから、もう一度読んでみてって言ってんだよ。なんか説教みたいになってたらごめんね。」

 

吉田「いや、全然。最初は何言ってんだこいつって思って正直少し腹立ったけど、色々分かった。教えてくれてありがとう。でも佐々木やっぱすごいな。色んなこと知ってるな。」

 

佐々木「ありがとう。だけどね、僕が今話したような知識とかっていうのも、僕のものではないんだ。結局、色んな本から得て、そして、普段の生活から気づかせてもらったものなんだ。さっきの話と同じで、この知識というのも、元々は誰のものでもないし、逆に誰のものでもあるんだ。だから、今日、こうして、吉田君に何か有益なことを共有できたなら僕はすごく嬉しいんだ。」

 

吉田「なるほど、知識もだれだれのじゃないってことか。でも普通、そんだけ色んな事知ってたら自慢したくなるけどな。そこが佐々木はすごい。見習うよ。」

 

佐々木「ありがとう、すごくはないんだけど・・・なんだか照れるね。」

 

吉田「とにかく、オレもう一回読む。そんで、その内容を佐々木に話にくるよ。ちょっとやる気出てきた。本気でがんばるわ。」

 

佐々木「それはいいね。ありがとう。」

 

 

吉田「そしたらさ、またいろんなこと話して教えてくれないかな?」

 

佐々木「もちろん、喜んで。」

 

吉田「よし、なら早速家帰って読むことにするよ。ありがとな、佐々木。」

 

佐々木「あ、吉田君、ちょっと待って。」

 

 

吉田「ん?」

 

佐々木「あの、さすがに僕もいつもいつもここにいるわけじゃないからさ。今日はたまたまここにいたけど。」

 

吉田「あ、それもそうか。よし、なら佐々木、ちょっと連絡先交換しようぜ。よく考えたら知らなかったわ。」

 

佐々木「そうだね。それで、また話しに来てくれる時は連絡してくれると嬉しいな。」

 

吉田「りょーかい!なら、また連絡するよ。本当にありがとうな!」

 

 

 

こうして、吉田と佐々木の意識の共有がスタートした。

 

 

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スポーツの現場では「誰かに教わるときは、素直に聞け」とよく言われますが、この「素直」というのがどういうものか、本当に分かっている指導者が果たしてどのくらいいるのでしょうか。

 

佐々木が言ったように「生まれたての赤ん坊の様に、頭を空にする」こと。

 

その為に、「だれだれの」という概念を一旦捨てて、物事を観察する。これが「素直」な状態です。

 

ぜひ、あなたもこの物語を吉田がもう一度同じ本に挑戦してみようと思ったように、「素直」な状態で読み進めてみてください。

 

きっと得られるものが変わりますよ。

 

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次回に続きます。

 

 2回目 会得

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