5回目 大元

5回目 大元

 

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吉田は当惑していた。

佐々木の話してくれる事というのは、やはり非常に気づきが多く、ためになる。事実、少しずつ他人のアドバイスを、徐々に聞けるようになっていた。

ただし、完全にではない。どうしても我が出てしまい、素直になり切れてないと、自分自身が感じることもあった。そんな時にどうすればいいのか、それを佐々木に教えてほしい、そんな想いがふと頭をよぎる。

 

しかし、吉田はあの日以来2週間、佐々木の元を訪れていない。

何故なら、先日佐々木の口から出た『宗教』という言葉が吉田を不安にさせたからだ。

 

宗教というと、いいイメージがなかった。何か勧誘されて、高額なものを買わされて、洗脳される、そんなイメージがあり、中々受け入れられなかった。

そんなこともあり、先日は練習の時間を理由に途中で話を切り上げてしまった。正直、また佐々木に会いに行く気にはなれなかった。

 

そんなある日、練習中に吉田は監督に呼ばれ、注意を受けた。最近、一流選手のマネをしていることが見抜かれていた。そして、あと1年も競技生活がないんだから、今さらプレースタイルを変えることは良くないという事だった。暗に、お前にはそのプレーは無理だと言われているような気がした。

 

吉田は頭の中で、何とか反論しようと試みた。

 

『そんなことわかっている。だけど、藁にもすがる思いで今の状況を変えようとしているのに。どうしてわかってくれないんだ。

監督は、現役時代に一流選手だったから、きっと悩んだことがないんだ。だからこういう気持ちを理解できないんだ。』

 

そんな考えが日常生活でも反芻し、ストレスとなり、スポーツに集中することが出来ず、さらに調子は悪くなっていった。

 

とうとう、吉田は佐々木にまた会いに行こうと決めた。宗教だろうが何だろうが、今のこの気持ち、モヤモヤしたもの、悩みを、佐々木なら何とかする方法を知っているのかもしれない。そんな期待と、少しの不安を抱き、吉田は佐々木に連絡をした。

 

~~~

 

「やぁ吉田君、調子はどうだい?」

 

「それが、さっぱり。監督にも、お前にそのプレーは無理だって言われたよ」

 

「なるほどね。それで、やめちゃった?」

 

「いや、やめてはないけど。でも、不安になるんだ。監督の言う通り、あと一年もない競技生活の中で、今さらって気もするし。でも何とかしたい。佐々木の言うように、自分の考えじゃうまくいかないから、他の人のことを素直に聞こうと思ったのに、監督にはやめろって言われるし。何がいいのか分からなくなってさ。」

 

「なるほど。もちろん、その選手のプレーを全部コピーしようと思ったら、一年じゃ足りないよね。だけど、別にそれが目的ではないよね。そのエッセンスを自分の中に摂り入れるために、経験する為のマネだったはずだよ。」

 

「うん、それも分かってるんだ。だけど、どうしても何かモヤモヤして、心が勝手にいろんなこと考えて、不安になって、集中できないんだ。なぁ佐々木、こういう悩みをどうにかしようとして、宗教が出来たってこの間教えてくれたよな?」

 

「うん、そうだね。」

 

「その話、聞かせてくれないか?もし何か佐々木が宗教やってて、俺に入れって言うなら

それはちょっと考えさせてくれって思うんだけど、良かったら教えてくれないか?最初はびっくりして・・・ほら、あんまり宗教っていいイメージないからさ。だから最近会いに来ずらかったんだけ。」

 

「ははは。ごめんごめん。もしかしたら宗教って言葉で怖がらせちゃったかもね。僕は別に何か特定の宗教に入信してるとかそういう事ではないよ。」

 

「ん?そうなのか?じゃあ何で?」

 

「あのね、いろんな本を読んでると、最終最後どこかの宗教とか、神学的なものに行きつくことが多いんだ。

だから、自然と宗教というものに興味を持って学んだだけだよ。それが、ある意味僕の中ではすごいショックだったんだ。元々、僕も宗教に対しては吉田君のように悪いイメージしかなかった。高いツボ買わされたりとか。」

 

「うん、わかる。なんか日曜日によくしつこく勧誘に来たりさ。」

 

「そうそう。でも、僕の言ってる宗教というのはそういう団体のことを指すんじゃなくて、宗教というものの本来の役割の事なんだ。」

 

「宗教の本来の役割?」

 

「そう。簡単にいうと今の様に人間の理性や科学が発達する前から、人は同じように色々な不安や恐れ、悩みというものを持っていたんだ。その不安や恐れや悩みというのは、本来人が発揮できる力を出なくしてしまう。だから、それらをなくして、本来の力を取り戻そうというのが宗教の目的だったんだ。」

 

「なるほど。確かに、今まさにそうだ。悩んでいると、練習にも身が入らないし。なんかわかる。」

 

「でも、その悩みをどうしたらなくせるのか、そういったものが分からない。親や先輩にアドバイスを求めても、『お前それはこうするべきだよ』という、理性で考えた答えしか返ってこないんだ。でも、そうしたアドバイスで、一時的にうまくいくように思えても、また悩みというものは出てきてしまう。それは何故かというと、理性的というのは、一見正しいように思えるけども、正しくはないんだ。これ分かるかな?」

 

「うーん。先輩に『これはこうだぞ。こうやって考えろ』って言われても、なんか納得できないってのは分かる。でも、説明の上手な人の話を聞いていれば、なんかわかったような気になるし、そういう人は理性的な感じがするけど、それだと解決しないってこと?」

 

「うん。解決しないんだ。なぜなら、理性というものは、どんどん進化するから。」

 

「進化?」

 

「そうだよ。例えば遥か昔の原始人は、裸で過ごしても誰も気にしなかった。けど、今同じようなことしたらすぐに警察が飛んでくるよね。これは、正しいかどうかは別として、『裸というものは、むやみに人前でさらすものではない』というように理性が段々段々進化したからなんだ。」

 

「あー、そういう事か。なるほど。」

 

「他にも、昔はどこでもタバコを吸ってよかったし、他の人に煙がかかろうが気にしなかった。お酒を飲んで運転しても、お咎めがなかった。というように、つい20年くらい前を考えただけでも、今ではびっくりすることが平気で行われていたんだ。これは理性が進化したから、段々とそういうことは良くない事だという事が分かってきたんだ。」

 

「うんうん。でも、普通に考えればわかることだと思うけどな。なんで当時の人は気づかなかったのかな。」

 

「それは、理性、つまり頭だけでものごとを考えていたから。だから、自分という存在以外のことはさほど目に入らなかったんだ。もちろん、どんどん周りを蹴落としてでも上に行くのが偉いと思われているような時代背景なんかもあるんだろうけど。とにかく、頭で考えたことは、一時は良くても、また時代が変わると問題が起きてくるんだ。」

 

「でも、今は分煙だってしっかりしてるし、飲酒運転だって厳しく取り締まっているし、特にもう問題なさそうじゃない?」

 

「そう思うけど、あと少し時代が進んだら今度はどういう悩みに変わるかわからないよ。現に、『なんで喫煙化がこんな肩身の狭い思いをしなきゃならないんだ』とか『お酒とか、タバコ産業が衰退しちゃうじゃないか』とか、そんな不満はあるはず。それも、その人たちの理性が考えた言い訳だよね。ただ、同じ理性同士でも少数だから、今は分煙も、飲酒のルールも守らなきゃいけない世の中になっているだけの話だよ。だから、どこまで行っても理性では悩みは解決しないんだ。」

 

「そうか。じゃあ宗教の教えとかっていうのはどこから来てるんだ?頭で考えたことじゃないの?」

 

「もちろん、言葉としては頭で考えて発せられてるけど、その大元は言葉に表せない何かから来てるんだ。つまり、人間の頭では考えられない何かがあるぞという事を、人は直感的に分かっていたんだ。それを、古来人間は畏れ、敬ってきた。その大元の何かをどう表すかによって、宗教が分かれているだけであって、言葉を変えて説いているだけで、どの宗教もまともなところは、説いている本質は一緒なんだ。」

 

「何かって何?神様?」

 

「そう呼ぶ人もいる。それをシヴァ、ブラフマン、真我、アラー、廬舎那仏、ヤハウェ、天之御中主様、天におわします我らが父、サムシンググレート、宇宙霊・・・そんな風に、それぞれの教えの中で名前を付けて呼ぶこともある。だけど、それらは全部一緒のものを指している。」

 

「全部同じってこと?」

 

「そう、同じもののことを、違う名前で呼んでいるんだ。それで、その正体とは、目に見えない、大きな力なんだ。それがあるという事は、簡単に証明できるんだよ。」

 

「え?目に見えないのに証明出来るの?なんか怪しいな。」

 

「怪しいと思うでしょ?でも、はっきりとわかるはず。ちょっと考えてみてね。今、吉田君は生きているよね。ところで、その心臓は、一体だれが動かしているの?」

 

「え?それは俺だろ。俺の身体が動かしてるんじゃないかな。」

 

「吉田君は『心臓を動かそう』と思って動かしている?そうじゃないよね。動かそうと思わなくても、身体が勝手にやってくれる。じゃあ、その身体を動かしてくれているのは誰だろう?」

 

「そう言われれば・・・誰だろう。」

 

「そう、それは分からないんだよ。だけど、確かに心臓を動かしてもらってる。心臓だけじゃない、内臓全部、それから、呼吸だって意識しなくても勝手にしている。これをしてくれているものは目に見えない何かなんだ。そして、これが無くなってしまうと、僕らの身体は機能しなくなるんだ。つまり、死ぬってこと。だから、この見えない何かがあるぞっていう事は、昔から何となくみんな気が付いていたんだ。そこで、それを敬って、この見えないものが人間を見捨てないような生き方をしようというのが、宗教の出発点なんだ。だから、すべての教えはその大元から来ているんだよ。大元から来ているから、理性で考えた、人間の小さな頭で考えたものとは比べ物にならない、本物の智慧なんだ。だから人の心に響いて、何千年も語り継がれてきているんだ。もちろん、中にはそれを悪用してお金儲けしようとしたり、人を騙すような変な人もいる。だから、特に日本ではいいイメージがなくなっちゃったんだけど。宗教の正体ってそんなところかな。」

 

「そっか。そういう事なんだ。確かに、そう言われれば怪しくもなんともない。悩みを解決するのに、一番いいってことだよな。」

「そうだね。人間の悩みのほとんどは繰り返されているんだ。何万年という歴史の智慧を使わない手はないよね。ちなみに、その大元となる何かの存在は、現代の科学者も一定の人は認めているんだ。」

 

「え?科学者って見えないものとか信じるの?」

 

「もちろん。吉田君だって、見えないけどガスや電気、使ってるでしょ?それから、電波だって、インターネットも見えないという点では一緒だよ。科学者も、色んなこと研究して、命というものを突き詰めると、『これは自分たちの頭では理解できない何かがあるぞ』という事に気が付くらしいんだ。どこまで研究しても、命は作れないぞってことに気が付くんだ。」

 

「でも、クローンとか、そういう話もあるだろ?作れてるじゃん。」

 

「それは、元があるものから命を複製しているだけだよ。0から、つまり何もないところから命を作り出すことは、人間にはできないんだ。だからこそ、その大元の何かのすごさが分かるんだ。それがないと、僕らは生きていられない。それに気づいた人がそれを神さまとか、いろんな呼び名をつけて、感謝したり、祈ったりしているんだ。それを見て、それに気が付かない人は気持ち悪がったりする。こういう風に聞くと、どっちが幸せか分かりやすいよね。」

 

「うん。ちょっと耳が痛いな。オレも、どちらかというと、そういう風に祈ったりとかする人をどこかで見下してた。けど、なんか今の話聞くとオレの方が馬鹿みたいだな。それで、悩んだときだけ神様に何とかしてくれって、都合が良かったなーって、ちょっと反省しなきゃ。」

 

「それに気が付いた吉田君はすごいよ。こういう話を聞いても、納得する人は少ないからね。」

 

「いや、もう何でもいいから助けてくれって感じなんだよ。藁にもすがる思いってやつかな。」

 

「なるほど。でも、それは良かった。じゃあ、それを踏まえて、本題に行こうか。」

 

(次回へ続く)