【物語】0回目 師事

悩めるスポーツ選手、吉田が、読書家の佐々木を訪ねるところからこの物語はスタートします。

プロローグはこちら

 

さて、佐々木は一体どんなことを教えてくれるのか。

 

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いつもの食堂のいつもの場所に、いつものように佐々木はいた。

これまたいつものように、いつも読んでいる本かどうかは分からないが、とにかく本を読んで座っていた。

 

良かった、佐々木はいた。

安堵しながら、吉田は、あくまで偶然を装って声をかけた。

 

「よっ!」

 

佐々木は、ふと視線を上げ、温かい笑みを浮かべながら答えた。

「あ、吉田君。こんにちは。」

 

正直、吉田は佐々木があまり得意ではない。

中学時代はそうでもなかったが、高校に入学した時くらいから、いつもこの調子で、笑顔で対応される。

 

いつも笑顔な佐々木を最初は気味が悪く思ったりしたが、だからと言って何か害があるわけでもないし、そこまで関わり合う事もなかったので、いつの間にか気に留めなくなった。

 

しかし、逆に関わることもなかったため、どうもこの距離感が苦手だった。

 

一緒に飲みに行ったりもしたことがない。

逆に言うと、飲みに行ける仲なら、たまには飲みにでも・・・という風に誘ってから相談すれば良いとも思った。しかし、どうも佐々木はお酒を飲めないらしいという噂を聞いたことがあった為、そうして酒の力を借りるという事も出来そうにない。

 

そこで、思い切って今日ここで声をかけたのだが、その結果出た言葉が

「よっ!」である。

その後の言葉を紡ぐ前に、佐々木に笑顔で挨拶を先にされてしまう。

 

この一言からもわかるように、吉田はあまり人づきあいが得意ではない。

ある程度、体育会的なノリはついて行けるが、だからと言って、別にそんなに体育会のノリが好きなわけでもない。

だから、佐々木に会うために食堂にやってきたものの、どんな風に声をかけていいのか分からず、とりあえずの間に合わせのような声掛けをしてしまった。

 

 

「どうしたの?」

 

佐々木はなおも変わらぬ笑顔で、吉田に問いかけた。

 

大學に入ってからは、佐々木と吉田はほとんど会話らしい会話はしたことがなかった。

構内で会っても、軽く会釈くらいの仲だったのに、今日は珍しく声をかけてきた吉田に、佐々木は不思議な気持ち半分、そして懐かしく嬉しい気持ち半分だった。

 

 

さて、ここからは基本的に吉田と佐々木の会話形式で物語を進めていきます。

ぜひ、吉田と同じように佐々木の言に、“素直に”耳を傾けてみてください。

 

 

 

吉田「俺に、本を教えてくれないか?佐々木、ずっと本好きだったよな?」

 

 

佐々木「うん、良いよ。でも急にどうしたの?」

 

 

吉田「いや、実はさ、俺、まだ部活やってるんだけど、なかなか結果出せなくてさ。高校の時は、佐々木も知ってると思うけど、まぁまぁな選手だったんだけど、段々段々結果出せなくなっちゃってさ。」

 

佐々木「うんうん。」

 

吉田「それで、やっぱり一流の人って本読むって聞くじゃん。だから、オレも読んでみようかなって思って。だけど、何から読んでいいのか分かんなくて、それで佐々木が本好きだったの思い出してさ」

 

佐々木「なるほど。そういう事だったんだね。思い出してくれてありがとう。スポーツのことは役に立てないけど、それなら、何かお手伝いできるかもしれないね。」

 

吉田「おお、ありがとう。で、早速なんだけどどんな本読んだらいいんだ?」

 

佐々木「普段は本は全く読まない?」

 

吉田「うーん、ほとんど読まない。でも、本読もうと思って、メンタルトレーニングとか、スポーツ選手の書いた自伝みたいな本とか、そういうのは読んだかな。」

 

佐々木「そっかそっか。それは良いね。で、その本の内容はどんなのだった?」

 

吉田「え?いや、なんて言うか、難しいメンタルトレーニングとか、あとは、スポーツ選手の本なら、その本かいた人の生い立ちとか・・・。」

 

佐々木「うんうん。それで?」

 

吉田「よく覚えてないや。そんな感じで、とにかく、読んでも全然意味ないなって感じ。だから、もっと分かりやすくていい本があるんじゃないかなって思って。それで佐々木に聞きに来たんだ。」

 

佐々木「なるほどね。なら、1つ提案があるんだ。」

 

吉田「なに?どんな本?」

 

佐々木「ううん、新しい本じゃなくて、そのスポーツ選手の書いた本で良いから、もう一度読んでみること。それで、内容を僕にしっかり話せるようになったら、またこうして話に来て、教えてよ。」

 

吉田「え?いや、だから、その本読んでも意味なかったんだって。しかも一応ちゃんと一回読んだし。」

 

佐々木「あのね、僕が実は本を読む時に決めてるのが、良い本は何度も読むってことなんだ。」

 

吉田「なんで?」

 

佐々木「何度も読んでると、まるでその考えが、最初から自分の考えだったかのように自然となってくるんだ。だから、それってすごく大切なんだと思ってるの。それで、そうやって学んだことを人に伝えようと思って読むと、もっと頭に入りやすいから、だから僕にその本のことを教えるつもりで読んでみて欲しいんだ。」

 

吉田「でもさ、その本読んでも、得られるものがなかったというか、どうせなら別の本でも良いかなって思うんだけど。だから佐々木にこうして教えてもらおうとしてるわけだし。」

 

佐々木「うん、わかるよ。だけどね吉田君、それはきっといい本だから、せめてもう一度だけでも読んでみるといいよ。だって、その本書いた人って吉田君のスポーツでは一流の人なんでしょ?」

 

吉田「うん、すごい人だよ。オリンピックなんかでも活躍してるし。でも、最近はテレビとかによく出てて、それで調子に乗って本とかも出したんじゃないかなって、そんな感じ。そんな事せずにちゃんと練習しろよって思うけどね。色んなとこからお金もらってるんだろうからさ。」

 

佐々木「そっかそっか。それで、吉田君はその選手と試合したことはあるの?」

 

吉田「いや、ないよ。なんで?」

 

佐々木「じゃあもし試合したら、勝てるかな?」

 

吉田「そりゃ無理だろ。勝てたら今すぐオリンピック出れるし、こんな風に悩んだりしないし。でも、それがどう関係するの?」

 

佐々木「あのね、今、吉田君は、その選手のこと悪く言ったよね。それで、吉田君はどうやってもその選手に勝てないっていうのも分かってる。これって妬みとかひがみだよね。」

 

吉田「え?いや、別にそんなつもりじゃないんだけど、だって・・・」

 

佐々木「吉田君がそのつもりじゃなくても、僕は聞いていてそう感じたよ。」

 

吉田「ん、まぁ佐々木がそう感じたならそうなのかもな。でも、だからってそれが何なの?普通、自分より強い相手のことは認めれないじゃん。負けを認めたみたいでイヤだし。」

 

佐々木「そうだね。でも、吉田君はその人の本を買った。それって、『ここに何かヒントがあるかも』って思ったんだよね。」

 

吉田「そうだよ。だけどあんまりだったんだって。」

 

佐々木「その本には何か、技術的なこととかも書いてるの?」

 

吉田「まぁ少しはね。だけど、結局あの人だからできることばっかりで、俺とはプレースタイルも違うしさ。」

 

佐々木「実は、そこなんだよ。その自分とは違うプレースタイルとか、考えの中にヒントがあるんだよ。でも、吉田君は自らそれを遠ざけてる。」

 

吉田「何となくわかるけど、でも、やっぱり受け入れられないものは受け入れられないよ。」

 

佐々木「それは受け入れる準備が出来ていないからなんだよ。」

 

吉田「どういうこと?」

 

 

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佐々木の言う

“受け入れる準備”とは、どういうことなのか。

 

次回【1回目 素直】へ続きます。