さとり

吉田は、監督に言われ言葉が原因で佐々木に相談しに行った。そこで、段々と壮大な話になって行き、困惑というよりも、訝しがりながらも、それでもヒントになればと根気強く話を聞いていた。

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佐々木「『監督に言われた言葉で、悩んでいる』という事だったよね。」

 

吉田「うん。何が正しいのか、分からなくなってきたんだ。」

 

佐々木「まず、さっきの話から行くと、これが正しいことというのはないんだ。何故なら、僕らはある目的のために生まれてきているからなんだ。」

 

吉田「目的って?本来の力を取り戻すとかってこと?」

 

佐々木「それも一つ。それもというか、まぁ行き着く先は同じなんだけど、魂の成長、向上の為に生まれてきているんだ。」

 

吉田「魂か。どんどん怪しくなるな。あっ、別に疑ってるわけじゃないから続けてよ。」

 

佐々木「そうだね。この魂というのは、さっきも言ったように大元の何か、ここでは神さまとよぼうかな。その神さまから分けてもらった命そのものだと考えてくれればいいよ。それで、その魂を成長、向上させる為にこうして、身体と心を借りてきたんだ。だから、この身体も心も本当の自分ではないんだ。」

 

吉田「え?身体も心も自分じゃないの?」

 

佐々木「そうだよ。吉田君の正体は、目に見えない魂なんだ。」

 

吉田「じゃあ身体と心は何?借りてきたって言うけど、それも神さまから借りてきたの?」

 

佐々木「そうだよ。さっきも言ったけど、魂を向上させるために借りてきたんだ。いわば、道具だよ。野球選手のバットとグローブみたいなものかな。」

 

吉田「俺の正体、魂が野球選手で、身体がバット、心がグローブ?」

 

佐々木「そういう事。野球選手も、バットとグローブがないとフィールドには立てないでしょ?フィールドに立って初めて、野球を実際に楽しめるし、ボールを打ったり、捕ったり、三振したり、捕りこぼしたり、そうして野球がうまくなっていく。それと一緒で、魂だけじゃこの地球というフィールドに立てないから、身体と心を借りてきたんだ。しかも、全員違うバットとグローブ、つまり身体と心を借りてきているから、このフィールドには色んな種類の選手がいるんだ。」

 

吉田「そうだよな。全員顔も身体も違う。それじゃ不公平じゃないか。いいバット持ってるやつの方が遠くまで飛ばせる。俺だって、もっと身長が高ければ、もっと簡単に今の競技でも勝てるのにって何度も思ったよ。心だって、もっと強く生まれてればって思うし。なんでわざわざ、そんな悩むようなことをするの?」

 

佐々木「そう思うよね。だけど、実はその不公平が良いんだ。不公平だからこそ、そこに悩みが生まれて、それを解決するたびに魂が成長していくようになってるんだ。イメージしてみて。大きなバットでボールを最初から簡単に打てちゃう人と、小さなバットで、何度も失敗を繰り返しながらそれでも打てるようになった人、どっちが技術的に向上したかな?それから、その最初から簡単に打てる大きなバットを持った人は、それでは悩まないけど、もしかしたらグローブはボロボロで守りづらいものを借りてきているかもしれないし。そういう風にいろんな人がいるけど、その差に悩まされることなく自分の借りてきた身体と心で魂を磨いていく。それがこうしてそれぞれ違った身体と心を借りてきた目的だよ。」

 

吉田「うーん。分かったような気もするけど。でもさ、神さまってそしたら不公平な存在ってこと?」

 

佐々木「そうじゃないよ。神さまは万人に公平だよ。例えば吉田君、今からちょっと心臓を止めてみて?」

 

吉田「え?心臓?そんなの無理に決まってるだろ。」

 

佐々木「そう、生きている人はみんな心臓が動いているんだ。そして、自分の意思で止めることが出来ないんだ。さっきも言ったけど、肺も、肝臓も、腎臓も、いろんなものが勝手に生きるための仕事をしてくれている。これがもし、本当に自分のものなら、自分で動かせるはずなんだ。だけど、それは神様が代わりにやってくれている。このことは、万人に共通なんだよ。例え、先天的、後天的に障害をもっているような人でも、同じように生きるために必要なことはその人に応じて神様がやってくれている。これ以上に公平なことってないよ。あとは、自分の魂の修行に集中するだけなんだから。その為の環境を神様は整えてくれているんだ。」

 

吉田「なるほど。でも、やっぱりちょっと納得がいかないな。だとしたら、なんでもっと魂の修行がしやすいように、有利な身体じゃないんだろう。俺は、もっとスポーツで勝てていればもっと幸せで成長するのに。」

 

佐々木「それは違うよ。その身体だからこそ、成長できるんだ。その身体は、吉田君が選んできたんだ。生まれてくる前に『この身体とこの心を借りて、修行してきます』って。」

 

吉田「いや、それだとしたらもっとおかしいよ。自分で選んできたなら、もっといい条件で選んだはずだ。もっと運動神経が良くて、体力も筋力もあって、もっとイケメンで・・・」

 

佐々木「その、運動神経が良くてとか、イケメンで、って言うのは、誰と比べて?つまり、誰かと比べて、自分は良くないからもっと良ければって思ってるわけでしょ?」

 

吉田「え?誰と、というか・・・もっと俺より色々優れている人、かな。」

 

佐々木「じゃあもしも、その人たちと比べることをやめた時、その思いはどうなるかな?」

 

吉田「どういう事?」

 

佐々木「じゃあイメージしてみて。例えば、吉田君以外誰もいない無人島で生活するとき、自分の顔に不満持つことってあるかな?」

 

吉田「んー、きっと無いよね。見せる相手もいないし。」

 

佐々木「そうなんだよ。じゃあもっと運動神経良ければって思うかな?」

 

吉田「んー、それはもしかしたら思うかも。生きていくために、きっと狩りしなきゃならないし。」

 

佐々木「でも、それは狩りをするという目的の為であって、それさえできるレベルであればいいんだよね?もしそうなったとき、それ以上を求めるかな?」

 

吉田「いや、生きていければ十分だし、別にトレーニングする必要もないかな。逆にそれ以上運動神経良くても、使う場所ないし。『どうだすごいだろ』って見せる相手もいないし(笑)」

 

佐々木「そうなんだよね。本当は、みんなそのままで完璧なんだ。必要なものは、ちゃんと持ってるし、身につけるようになってる。だけど、それを他の誰かと比べた時に、不満というものが出る。確かに、ある分野では自分より優れたすごい人がいるかもしれない。だけど、そのすごい人もまた、それ以上の人に出会い、自分の現状に不満を持つ。それはきりがないんだ。」

 

吉田「世界一の人は?もう誰も敵がいない。そう、オリンピックで金メダル取るような人は、不満なんかないんじゃないの?」

 

佐々木「本当にそう思う?仮に周りにライバルがいなくても、その人は今度、自分と戦い始めるんじゃないかな?『もっと上』を目指すんだ。金メダルを取っても、また何度もオリンピックに出てる人もいるでしょ?」

 

吉田「なるほど。確かに、そういわれるときりがないな。」

 

佐々木「そう、きりがないんだ。だけど、それじゃあ何のために、こうして比べなきゃならないような、それぞれ違った心と身体を選んできたかのか?吉田君ならもうわかるよね。」

 

吉田「それは、その比べるのをやめるため?」

 

佐々木「そういう事。比べるのをやめた時、そこには『自分』と『相手』の間に差が無くなる。それこそが、精神的な修行者が求める『悟り』なんだ。」

 

 

以下、次回に続く